ブラジルの旅

2015年3月17日 (火)

2014年末~年始ブラジルの旅(7)サンパウロといえば

Sp1Sp3_2 サンパウロで、気軽に、手頃な値段でお土産が買えるスポットといえば、セントロ(中心部)の Praça da República(ヘプブリカ広場)日曜の昼間を中心に、民芸品市がにぎわってます。財布やサンダルなどの革製品、ピアスやペンダントなどのアクセサリー、瓶にカラフルな砂をつめて絵を描いた砂絵、アマゾンの蝶をちりばめた壁飾り(ワシントン条約、大丈夫かな・・・)などなど、いかにもブラジルという品々。
 特に、ブラジルは石の宝庫だけあり、ここにはブラジルじゅうから集まった石や、石アクセサリーであふれてます。水晶系(アメジストなど)は石ころに近いレベルで豊富に存在します。
 写真は、採掘現場からそのまま持ってきた、10キロはあろうかという水晶のかたまり。わずか1万円ほどです。が、重すぎてとても持って帰れません。

Sp8Sp7 かつて日本人移民が集まった、サンパウロ中心部のLiberdade(リベルダージ)今は韓国、中国系の勢力が強く、「東洋人街」と呼ばれていますが、日曜は日本の食べ物や民芸品、盆栽などの露店が集まる日曜市の日。多くの人でSp6にぎわいます。
 この日は、広島県海田町に長く住んでいたフェルナンドさん、ユキコさん夫妻に案内してもらいました。日本生まれで、すっかり日本語を忘れてしまった娘たちも一緒です。(一家を紹介した書き込みはこちら

 案内してもらったのは、日曜市で一番人気の、巨大ギョーザの屋台。かつて海田町にも住んでいたナカムラさん一家が経営しています。1個4レアル(約180円)。生地もそSp9の場でこねています。ブラジルのパステウ(pastel)のように、酢であえた調味料ビナグレッチか、普通のたれを選べます。やっぱりたれの方がおいしいです(笑)。
 日本屋台の日曜市、人がむちゃくちゃ多い。明らかに、昔より人が増えてます。近年、ブラジルで「日本ブーム」が起きていて、寿司、ラーメンなどの食べ物や、アニメ、和太鼓、剣道などが大人気。日系人ではない人の姿が目立ちます。
 日曜市は年々客が増え、最近は日曜は休業していた付近の日本食材や土産物屋などの商店も、日曜市の来場者をあてにして日曜に営業するようになり、ますます人が増えているそうです。

 近くの「ブラジル移民資料館」も訪ねました。1908年以来、約25万人が日本からブラジルへ移民し、ブラジルで日系社会を築いた歴史を紹介しています。写真撮影禁止で紹介できないのが残念ですが、ブラジルを訪れた方は、一度は行ってほしい場所です。農場での重労働、密林の開拓から生活の基盤を築き、今や「日本人」というだけでブラジルではとても信頼されます。その信頼を築いた先人たちの歩み、そして「逆流」して日本に暮らす日系人たち。その歴史を多くの人に知ってもらえればと思います。資料館のサイトはこちら
 案内してくれたユキコさんは、祖父母が宮城県出身の3世。資料館には移民の名前を検索して探せるデータベースもあり、ユキコさんの祖父母の名前も見つかりました。

17回目となった今回のブラジル訪問の、気付きベスト3を挙げてみると・・・

1位 2016年リオ五輪が、まったく話題になってない
 2014年の、サッカーのワールドカップは何年も前からすごく話題になっていたのに、オリンピックはリオでさえ話題にする人ゼロでした。世界の関心は、「先進国限定」の五輪より、やっぱりサッカーなのですね。

2位 英語を話す人が増えた
 ポルトガル語が分からない人にも、遠慮なくポルトガル語で話してくるのがブラジル人。ブラジルは英語が通じない、という印象が強い国でした。今回、タクシーの運転手やショッピングセンターの店員をはじめ、外国人に対して英語で話し掛ける人が激増していました。ワールドカップを経験し、世界からの人を迎え入れる意識が高まったようです。

3位 物価がますます高くなった
 ペットボトルの水が、ついに2レアル(約90円)に。渇水による水不足も影響してますが、もう、日本より安いものを見つける方が難しくなりました。
 日本より安いのは、楽器、CD、交通費、肉、野菜、果物、ライブのチャージくらいかな。卵や牛乳も、今や日本と変わらない値段。昼食も普通に1500円や2000円くらいかかる。
 でも、そんなに安くない飲食店やライブハウスが、ものすごい客であふれてる。不思議です。日本では感じることのない消費熱は健在。所得水準自体は日本よりまだまだ安いのに、どこにお金が流れているのか。

(おわり)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月 8日 (日)

2014年末~年始ブラジルの旅(6)リオといえば

Rio2 リオデジャネイロ訪問は7回目ですが、泊まるのは初めてでした。ライブみて深夜バスで撤退、みたいな旅ばかりしていたので・・・。今回は3泊。「お約束」スポットを含めてリオ市内をめぐりました。
 とにかく暑かった・・・。


■コルコバード(Corcovado)の丘
 リオ観光の超定番。ケーブルカーで標高709メートルに立つキリスト像まで上り、リオの景色を楽しむスポットです。新年早々、Rio1実に20年ぶりに上ってみました。
(※コルコバードのケーブルカーは、年末年始などの繁忙期は、事前にネットでチケットを購入しないと乗れないことが多いです。世界からの観光客の多くが、チケット難民になってました。購入サイトはこちら
Rio3 年末年始だけあって、観光客がいっぱい。
 キリスト像をうしろから見ると、寂しいお父さんの背中っぽい。
 
 リオのことを何も知らずに景色を眺めていた20年前に比べると、リオのまちについての知識が増えているので、発見が多く、より楽しめました。
Rio4 東を見ると、名勝ポン・ジ・アスーカル(Pão de Açúcar)。左下に前日訪問したばかりのファベーラ、サンタ・マルタ(Santa Marta)が見えます。
 北を見ると、近距離便専門のサントス・ドゥモン空港(写真の右方Rio5向)に向かう飛行機が市街地上空を飛び、数分おきに離着陸している様子が見えました。奥に見えるのはグアナバラ湾に掛かる、ニテロイ市に渡る橋。

■イパネマ海岸 Praia da Ipanema
Rio6Rio7
 せっかくのリオなので、プライア(praia=ビーチ)を見に行こうと、次の「お約束」の地、イパネマ(Ipanema)海岸に行ってみました。ビーチを埋め尽くすパラソルと、溢れる人
 近くの岩山に上ってイパネマ海岸を見下ろすと、「見よ、人が・・・」と、ラピュタのムスカのセリフが口から出てきそうになる
 カバキーニョ弾きがいたので、少し一緒に遊びました。

 50年余り前、ここを優雅に歩く女性をモチーフにつくられたボサノバの名曲「イパネマの娘」。ここには「イパネマの娘」はいないと確信した昼下がり。

ラパ Lapa
Rio8  今回はサンバどころ、ラパに泊まりました。カリオカ水道橋の周辺に、サンRio9_2バなどのライブが毎晩遅くまで楽しめる店が並び、深夜までにぎわっています。治安に多少の不安はありますが、サンバ好きには絶好の拠点です。
 ホテルから至近距離に、最近有名になった階段「Escadaria Selarón」(エスカダリア・セラロン)があります。チリ人芸術家による大作。観光客がたくさん来ていました。

マンゲイラ Estação Primeira de Mangueira
もっとも歴史のあるエスコーラ・ジ・サンバ(サンバチーム)マンゲイラ(Mangueira)の拠点を訪問しました。チームカラーのVerde e Rosa(ヴェルジ・イ・ホーザ=緑ピンク)に包まれた世界でした。
Rio10Rio11

Rio121 練習場は、ファベーラ「マンゲイラ」のふもとにあります。年末年始は休業中で、突然の訪問にもかかわらず、電気の保守を担当しているスタッフの方が案内してくださいました。ブラジルの方々は本当に親切です。
 近くのマンゲイラ博物館(年末年始のため残念ながら休館)には、創設メンバーのカルトーラ(Catola、1908-1980)の像も。
「明日土曜日の夜、サンバチームの練習があるよ」とお誘いいただいたものの、帰国便は今晩の飛行機。残念。いつか来たい。

■ヴィラ・イザベウ Vila Isabel
 マンゲイラの近く、サンバの歴史が詰まった地域です。強豪エスコーラ・ジ・サンバ「Vila Isavel」もあり、マルチーニョ・ダ・ヴィラ(Maritinho da Vila)など大物サンバミュージシャンを輩出しています。
Rio13_2Rio14_3
 この地区のショッピングセンターに寄ると、かつてこの地域で活躍した、サンバ黎明期を代表する作曲家ノエウ・ホーザ(Noel Rosa。1910-1937)の絵がありました。
リオのサンバライブでは、ノエウ・ホーザの曲(Com que Roupa、Paipite Infelizなど)をたくさん聞きました。
 カルトーラやノエウ・ホーザ。サンバの黎明期を支えたミュージシャンたちの足跡は、今もリオの人たちの中に息づいています。 
 
 
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月 6日 (金)

2014年末~年始ブラジルの旅(5)リオのファベーラツアー

リオでは、夜のサンバライブだけでなく、昼間もいろいろなスポットを巡りました。
最高気温40度近く。猛暑には苦戦しました・・・
■ファベーラ(Favela)ツアー
3dscf2532 ファベーラとは、ブラジルの不法占拠住宅地のこと。リオデジャネイロでは、平地に富裕層が住む一方、貧困層は山肌に張り付くように集まる家々(ファベーラ)に住んでいることが多く、「モーホ(morro)=丘」とも呼ばれます。格差社会のブラジルで、医療や教13dscf2537育など深刻な問題を抱える貧困地域である一方、ブラジルを代表する文化、サンバが生まれた地でもあります。リオの有名エスコーラ(サンバチーム)は、大半がファベーラの住民組織。良くも悪くもブラジルを象徴する存在です。
 最近まで麻薬組織に支配されるなど、「近づいてはいけない」場所だったファベーラ。近年、麻薬組織の追放作戦、警察の常駐化、電気や水道などのイ8dscf2539ンフラ改善が進み、かなり治安が改善されました。地域ではファベーラ観光が貴重な「産業」となりつつあります。
 リオのセントロ(中心部)からやや南のボタフォーゴ(Botafogo)地区。ファベーラ「サンタ・マルタ(Santa Marta)」のツアーに参加しました。
 ここに来るのは12年ぶりでした。12年前は、僕がかつて働いていたサンパウロのファベーラの関係者のつてをたどって訪問。地元14dscf2544の住民団体の方に案内してもらったのですが、麻薬組織が勢力を維持していたため「OKと言った場所以外では絶対カメラを出すな」などと厳重に注意されながらの訪問でした。
 すっかり安全になったサンタ・マルタは、人口約5000人の、リオとしては小規模なファベーラ。ガイドはここで生まれ育ち、今も暮らすジウソン・フ11img_0367マッサ(Gilson Fumaça)さん、36歳。数々の仕事を転々とした後、英語を勉強してガイド会社「Favela Scene」を設立。従業員4人で、毎月約2000人を案内しているとのこと。
 ファベーラのふもとに集合。急な階段を登山のように上り、狭い道を歩き、リオ州政府が建設したケーブ20dscf2553ルカー(住民の移動、ごみの運搬に利用)に乗って、上へ。
 ここは、コルコバード(Corcovado)の丘のキリスト像を見上げることができるだけでなく、反対方向に少し歩くと、ボタフォーゴ湾に浮かぶ岩山「ポン・ジ・アスーカ(Pão de Açúcar)」を見下ろせます。リオの2大スポットに挟まれた最高の場所です。
 途中、ファベーラ内のジウソンの自宅にも案内してもらいました。
 このファベーラ31dscf2571はかつてマイケル・ジャクソンがビデオクリップを撮影した場所でもあり(オロドゥンと共演)、ファベーラの中にはマイケル像もありました。
 ふもとには、地元のエスコーラ(サンバチーム)「Mocidade Unida do Santa Marta」の練習
場が。リオのカーニバルの下位リーグで2年連続優勝・昇格し、今43s0052602_2年は3部リーグでパレードしました。年末年始は練習はお休みのため、見学できず残念。近くのバーも、普段ならサンバ演奏をやってるらしい。
 ブラジルの「出口のない貧困」に対する絶望感。20年前からずっと持ち続けていた重い気持ちに、少しだけ風穴が。そんな思いになった訪問でした。ジウソンありがとう。今度はサンバを見に来るよ。
 サンタ・マルタについては、こちらのブログ(2010年8月)をどうぞ。筆者は、僕にサンタ・マルタを紹介してくださった方です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月16日 (月)

2014年末~年始ブラジルの旅(4) ハズレなし サンバライブ

 サンバライブをやっている店を求めて、夜な夜なブラジルの街を歩く人生、はや10数年。どの店も年々、レベルが上がっているのを実感します。
 弦楽器、打楽器はもちろん、特に歌唱力。無名ミュージシャンであっても、本当にハズレがなくなりました。
 今回訪ねた中でも、特に鉄板の店を紹介します。

■7晩目(最終夜) リオ・Lapa  Carioca da Gema(カリオカ・ダ・ジェーマ)

67dscf2980 リオのサンバどころ、LAPAといえばこの店です。テレーザ・クリスチーナ(Teresa Cristina)やアナ・コスタ(Ana Costa)が本拠地にしています。ミュージシャンのレベルの高さはもちろんですが、この店は音響が最高です。ドラムやベースの入らない伝統的な編成が中心で、7弦ギター、カバキーニョ、フルート、パンデイロやスルドなどの打楽器、そしてボーカルと、どれも音の粒ひとつひとつがきちんと聞こえ、バランスがよく、ほどよい音圧です。多様な楽器、多様な音が織りなすサンバの音楽的な豊かさ、魅力をしっかり楽しめます
 難点は、週末は席がほとんどないこと。満員のフロアに立ちっぱなしになる覚悟が必要です。

 帰国直前(出発は午前3時)の金曜の夜。この店の新年初ライブは、なんと一番人気のテレーザ・クリスチーナ。ラッキーでした。
 開店まもない8時ごろに入場すると、店内はがらがら。座って食事できました(ただしライブが見えない場所)。チャージは金曜価格で通常の約1.5倍、40レアル(約1800円)。ここはピザ店も併設されていて(イタリア移民の多いブラジルは、ピザの国でもあります)、まずゆっくり食事をしました。

 9時半からの前座ライブは、地元のボーカル、ガブリエウ・テイシェイラ(Gabriel Teixeira)。前座ながらハイレベル。いいライブでした。フンド・ジ・キンタウをはじめ、おなじみのサンバ・パゴージの曲を、正統派編成で次々披露。

 そして、メインのテレーザ・クリスチーナのライブは11時すぎから。時間が遅くなるごとに人が増え、テレーザのライブの開始前には、フロアは身動きがとれないほどの人でした。
 ライブはザ・正統派。バックのグルーポ・セメンチ(Grupo Semente)の演奏もお見事。ライブは3時ごろまで続きますが、12時すぎまで満喫して、帰国の途へ。最高の旅のしめくくりでした。

■3晩目 サンパウロ ó do Borogodó(オー・ド・ボロゴドー)

 サンパウロの夜のにぎわいを代表する、少し郊外のVila Madarena(ヴィラ・マダレーナ)地区。ここの人気店です。
 
 
 この店は8年ぶりでした。過去に、ひどく下手なライブに遭遇したことがあります。が、いつの間にかサンバ・ショーロといえばこの店、と言われるほどの人気店に成長を遂げました。
 チャージ25レアル(約1100円)。かつては席があったのですが、客が増えたためか席はほとんどなく、ほぼスタンディング状態。月曜の夜なのに、コンクリートの打ちっぱなしの店内は超満員です。ペアで踊って楽しんでいる客もたくさんいました。
 この日のライブは、地元女性ボーカルのアドリアーナ・モレイラ(Adriana Moreira)。美しい声でサンバの名曲を歌い上げていました。パンデイロは10代にも見える、若い女性でした。



 ブラジルでは、どの店に行っても、ライブにはものすごい人が集まっています。そんなに安価なわけでもなく、所得水準は日本よりまだまだ低いはずなのに。まちのあちこちから常に音楽が聞こえてくる、豊かな音楽文化の一端を実感しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月14日 (土)

2014年末~年始ブラジルの旅(3) 年越しイベントは生存競争

 ブラジルで過ごすと、「生きるって、大変なことなんだなあ」と思うことがよくあります。
 生きる手段は、自力で確保するのが原則。そのためにとにかくアピールしたり、交渉したりしなければならない。生存競争社会です。自分は日本で生まれ育って、「生かされてきた」んだと実感します。
 まさか年越しイベントで、その生存競争社会の波にもまれるとは。

■5晩目 リオのコパカバーナ 巨大年越しイベント

65img_0369 ブラジルでは年越しイベントを「ヘベイオン」(reveillon)と呼びます。ブラジル有数のビーチ、コパカバーナ(Copacabana)の年越しイベントは200万人を集め、ブラジル最大。数少ないチャンスなので、初訪問しました。

 リオ中心部のホテルから、地下鉄で会場へ。
 約3キロに及ぶ海岸に、3か所の巨大ステージ。そのうち1か所のライブのラインナップは、なんとヘヴェラサォン(Revelação)、マリア・ヒッタ(Maria Rita)と、サンバ界のスーパースターが次々登場最後はリオの有名エスコーラ・ジ・サンバ、サウゲイロ(Saigueiro)とポルテーラ(Portela)。
 会場が広いうえに人が多く、人をかき分けながらステージへ。なんとか見やすいポジションを確保したものの、演奏者は豆粒でした(苦笑)。が、いい演奏を楽しめました。北東部バイアからはるばる来た家族と仲良くなり、ビールをおごってもらったり。

念願のヘヴェラサォン

 メーンボーカルが最近脱退し、アウミール・ギネットの息子、アウミールジーニョ(Almirzinho)が後任になっていました。1年前、サンパウロで会ったこの人です。

Cavaco1

 

念願のマリア・ヒッタ。バックの演奏も上質です(見えないけど)

 そして年越しを告げる花火。20分ぐらい上がり続けました。すごすぎ。はっきり言って、やりすぎです(笑)。これを見ただけでも、ここに来たかいがあったと思います。

年越し後は、サウゲイロ。見えない~

 しかし、このイベントを乗り切るのは大変です。
 
 飲食の販売がほとんどなく、数少ない飲食店は予約客で満員。晩ごはんはビーチの外れまで何十分も歩き、やっと食べれるところを見つけました。
 また、会場が広く人が多いため、家族や仲間で行った場合、はぐれたら再会するのは至難の業。はぐれないよう、数人で手をつないで列になり、移動する姿があちこちにありました。
 一番の問題はトイレです。仮設トイレがわずかしかなく、長蛇の列。人ごみをかきわけて10分かけてたどり着き、30分以上並んで、10分かけて戻る。ほぼ1時間がかりでした。「頼むから先に入れてくれ」とかけよって頼んできた人に、列の人が「俺たちは30分並んで待ってるんだ!」と血相を変えて怒る一幕も。近隣の飲食店も、まったくトイレを貸してくれません。
 200万人のトイレ、どうしてるんだろう。(たぶん海だな・・・)

 最大の試練は、イベント終了後。なんと帰宅難民になってしまいました
 夜2時半、ライブが終わる少し前に撤退。地下鉄の駅まで歩いたものの、警備員に「事前にチケットを買っていない人は乗れない。朝5時の始発まで待て」と言われました。身の安全を考え、駅の構内に座って待とうとすると、「ここにいてはいけない」と追い出される始末。
 周りを見ると、同じように帰れなくなった人たちが帰宅難民と化し、道端に大量に座り込んでいました。タクシーは規制のためほとんど来ず、たまに来ると大勢の人がタクシーを取り囲み、取り合い。
 結局、大半の人とともに、座ってうとうとしながら、始発の地下鉄を待ちました。誰にも頼れない見知らぬ土地で、疲れ切った体。精神的にもきつかった・・・。 
 始発の次の次くらいの地下鉄にやっと乗れたのが5時半近く。ホテルに帰り着けたのは6時すぎでした。

 200万人を集めるイベントなのに、このテキトーなイベント運営・・・。大丈夫か、リオ。五輪もあるのに。
 このイベントに参加する場合は、コパカバーナのホテルを確保し、トイレもホテルに帰って済ませることをおすすめします。

 まあ、コパカバーナの年越しイベントは、「お約束」として経験できてよかったなと思います。2回目は、たぶんないです(苦笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月13日 (金)

2014年末~年始ブラジルの旅(2)「エスコーラ」と「ブロッコ」

 いよいよブラジルはカーニバル。この金曜夜(日本時間、土曜昼)にサンパウロのトップリーグのパレードコンテストが始まります。
 サンバカーニバルに登場するグループには、パレード会場でのコンテストに参加する「エスコーラ」と、コンテストに参加せず路上で自由に演奏する「ブロッコ」があります。今回の旅では、両方の演奏に触れる機会に恵まれました。

■2晩目 サンパウロのエスコーラ VAI-VAI(ヴァイ・ヴァイ)の練習

 「エスコーラ」(escola)は、直訳すれば「学校」。パレードコンテストに出場するチームは「エスコーラ・ジ・サンバ」と呼ばれ、日本では「サンバ学校」と訳されることが多いですが、それは誤訳です。100年近く前、ブラジル初のサンバチームが誕生したとき、拠点の向かいに学校があったので冗談で「エスコーラ」と名乗ったのが由来です。
26img_0354_2 あえて日本語訳するなら「サンバ公民館」かな? エスコーラは、地域のコミュニティーそのもの。特にリオはファベーラ(貧困地域)の住民によるチームが大半で、カーニバルは「町内会対抗パレードコンテスト」ともいえます。

 サンパウロの強豪、VAI-VAIの練習を見に行きました。毎週日曜夜に、中心部の下町にある本拠地前の住宅街の路上を通行止めにして全体練習をしていて、入場料10レアル(約440円)で練習エリア内に入れます。

 練習前にはまず、場を暖める路上パゴージ。おなじみの曲が次々。4分すぎあたりのバイアーナが楽しい。


 その後、本番(65分)並みの全体練習を2回。数百人のバテリア(打楽器隊)の演奏は圧巻。Rainha da bateria(ハイーニャ・ダ・バテリア=バテリアの女王)のダンスもばっちり見れました。バテリアは女性が増えましたね。
 今年のテーマ曲、一体になって盛り上がれるいい歌です。
(バテリアは2分すぎから始動します。ダンサーは4分50秒ごろから)
 
 パレード本番が迫っているため、演奏も仕上がってきている感じです。地域コミュニティー29dscf2419の拠点でもあるだけに、ギャラリーも知人同士が多いようで、場が一体となって盛り上がっていました。夜11時すぎまで住宅街に爆音を響かせてました。
 拠点の建物には、本番用の衣装も飾られていました。衣装を買えばパレードに出場できます。

■4晩目 リオ Fundição Progresso(フンジサォン・プログレッソ)

 リオのサンバどころ、LAPA(ラパ)地区にある有名コンサート会場。この日はLAPAを代表するサンババンド、CASUARINA(カズアリーナ)のプレ年越しライブでしたが、地元のブロッコ(Bloco)も登場。このブロッコとの出会いは、今回の旅の大きな収穫となりました。

 「夜10時スタート」のライブ。サンパウロからバスで6時間、いざライブへ・・・のはずが、事故渋滞に巻き込まれ2時間20分遅れ。 大急ぎで10時40分に到着したら、ホールはがらーん。係員は「ライブはいつも12時すぎからだよ」。早く言えよ。

4dscf24887dscf2502                             チャージは60レアル(2600円くらい)。ライブは結局12時半ごろに始まり、上質な演奏を楽しめました。バーや売店、ベランダなどもある巨大会場に、数千人の客。

 1時間半のライブ終了後、LAPAを拠点に活動するブロッコ、Bangalafumenga(バンガラフメンガ)が登場。200人ほどのバテリア(打楽器隊)が、カズアリーナと少し共演した後、サンバや北東部音楽などさまざまなリズムを、サンバの編成で表現していました。振り付けも含め、ノリがとっても楽しい。

 最後はバトゥカーダ(打楽器アンサンブル)で締めくくり。すごく楽しそう。加わりたい・・・


 ブロッコは、統一の衣装はTシャツだけというところが多いです。カーニバルの時期は、パレードコンテストのような規定にとらわれず、路上で自由に演奏します。Bangalafumengaも同様。結成15年で、ここの隣の店で週1回練習しているそうです。こんな楽しい演奏ができたらいいなと心から思いました。このグループと出会えて幸運でした。

ライブは3時半終了。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月12日 (木)

2014年末~年始ブラジルの旅(1)願いは叶う~7夜連続ライブ

 年末年始、思い切って17回目のブラジル訪問。真冬の広島から、真夏のブラジルへ。遅ればせながら、サンバ漬けの旅の報告(1)です。

 仕事納めの金曜夜12時前に関西空港発→ドバイ経由、土曜夜サンパウロ着。帰りは土曜午前3時すぎリオ発→ドバイ経由、日曜夜に関西空港着。サンパウロ、リオ3泊ずつ計6泊。広島のサンバ仲間1人も同行し、出発直前まで7夜連続でサンバライブを堪能しました。

 ブラジルは、願いを口にし続ければ、願いをかなえてくれる温かい人たちの国。あらためて実感したサンバライブでした。

■1晩目 サンパウロのBAR BRAHMA(バー・ブラマ)

 土曜夜にサンパウロに到着してすぐ、夜11時半スタートのライブに行きました。
セントロ(中心部)にある、ブラジルのビールの有名銘柄「BRAHMA」(ブラマ)と音楽が楽しめる老舗です。チャージ25レアル(約1100円)。
 到着すると既にすごい客。演奏が始まっていたものの、超満員でライブが見える場所に席はなく、仕方なく屋外の席に座りました。
Img_0336 店員さんに「サンバがみたい」「席が空いたら教えて」と伝えると、「OK」と言われ、しばらく待つことに。するとしばらくして、「こっちにおいで」と、使っていなかった2階の席に案内してくれました。吹き抜けの真上からバンドが楽しめる、最高のポジションでした。願いは口にしてみるものです。
 
ビールとサンバ。幸せ~

 この日のライブはベテラン女性歌手Dona Duda Ribeiro ドゥーダ・ヒベイロ。いかにもサンバらしい野太い声で歌い上げる実力派です。バックはギター、7弦ギター、カバキーニョ、パンデイロ、スルド、パーカッションの男性6人。レベルの高い安定感抜群の演奏です。

 ライブの途中で何度も目が合い、そして「降りてきなさい」と呼び出され、ステージ前へ。広島でサンバやってますと言うと、タンボリンを渡されて叩き、踊れと命じられて踊り、さらに歌の最中にマイクを向けられて歌わされるという展開に。
 ライブは2時半まで。1晩目からいきなり、めいいっぱい遊んでもらいました。

■6晩目 リオの超人気店 Rio Scenarium
 1月1日。サンバどころ、LAPAのやや外れにある、サンバライブをしている飲食店の中ではリオ人気ナンバー1の店。吹き抜けでつながった3階まで客席がある、2000人収容(スタンディング込み)の巨大な洋館のような店です。
 ブラジルじゅうが止まる1月1日も、ここではライブがあることが分かり、7時半の開店の前から並んで待ちました。予約なしだと、いい席がなかなか確保できないのですが、「サンバが見れる席を」とお願いし続けたところ、店員さんが演奏者が座っていた席の一角を確保してくれました。演奏者さんすみません・・・。ステージの真横で、演奏者がガン見できる最高のポジションでした。願いは口にしてみるものです。
 チャージ40レアル(約1800円)。食事(やや高価ですが美味)の後、2つの地元バンドのライブを堪能しました。

 1つめはMal de Raiz(マウ・ジ・ハイース)。ブラジルでも珍しい10弦バンドリン(通常は8弦)や7弦ギター、スルド、ドラムなどメンバー9人。音色が豊かです。伝統的なサンバが中心でした。

 
 2つめはToque de Arte(トッキ・ジ・アルチ)。リーダー役のメインボーカルが据え付けのタンタンを右手で叩き、左手にバチを持ってドラム的にシンバルを叩き、ジレトール(指揮者)も兼ねる変わった編成でした。おなじみのサンバの曲に独特の決めを次々挟み込み、圧巻でした。

 夜が更けるほど客が増え、12時ごろには超満員でした。前夜の年越しイベント(後日報告します)の疲れもあり、1時ごろに撤退しましたが、外に出ると、300人くらいの入場待ちの行列が! DJタイムを含めて4時くらいまで開いている店ですが、本番はこれからのようです。ブラジルの夜は長い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月22日 (火)

ブラジルの旅2013報告(5) サンパウロもライブ大当たり(と後で気付いた)

 いきなり大物と遭遇しました。
 今回の旅のサンバライブ1発目は金曜夜、サンパウロの「Traço de União」(トラッソ・ジ・ウニアォン)という店で。専属バンド(カバキーニョ、7弦ギター、パンデイロ、タンタン、スルドなど)がいて、ゲストミュージシャンを招いてライブをするのが通例です。専属バンドのレベルが高いので、サンパウロの数あるサンバハウスの中でも「ハズレ」がありません。ステージの反対側がひな壇みたいになっていて、高い位置で座って楽しむことができるのもいい。
 店は夜10時開店ですが、ライブが始まるのはいつも12時。チャージは男性40レアル(1700円くらい)、女性20レアル。
 この日は、大物がメーンでした。というか帰国して調べてて気付いた・・・。

 前座のライブ。
 曲はJoão Bosco(ジョアン・ボスコ)、Fundo de Quintal(フンド・ジ・キンタウ)、Ivone Lara(イヴォンニ・ララ)、Martinho da Vila(マルチーニョ・ダ・ヴィラ)たちのおなじみの名曲が中心。いきなりツボにはまりました。
 心地よいリズム、心にしみるメロディー、リズミカルに揺れる客。
 ああブラジルに来てよかった―。こういう瞬間に出会うと毎回思います。最後はカーニバル名曲メドレーで盛り上がって、1時半ごろ終了。
 
 メーンは2時前にスタート。客はどんどん増え、200人近い。
 この日のメーンゲストはなんとFundo de Quintalの元メーンボーカルのMário Sérgio(マリオ・セルジオ)。Fundo de QuintalにTraco2008年まで18年間所属した後、フリーで活動。店のホームページのライブのお知らせには隅っこにしか名前書いてないし、ドレッドっぽい印象だった髪はスキンヘッドで、その時は気付きませんでした・・・。
 ライブではFundo de Quintalのレパートリーを、カバキーニョを奏でながら披露。「Bebeto  Loteria」「Lucidez」「Malandro」・・・堪能しました。その時は「コピーうまいなあ」とか思ってたら実は本人だったという・・・恥ずかしい・・・。
 演奏は3時まで続きました。
 長い1日、終了。

 今回の旅で、サンバライブは当たり続きでした。
 勝因はライブは朝までだろうが最後まで付き合うと腹を決めたことに尽きます。
 ブラジルのサンバライブは、夜9、10時開始は早い方。質の高いライブはたいてい12時スタート、3時か4時終了です。翌日の予定を気にしながら過ごすと、盛り上がっている最中に会場を後にしなければなりません。
 この日も、翌日のリオも、覚悟を決めて攻めのスケジュールを組んだおかげで、いい思いをさせてもらいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月16日 (水)

ブラジルの旅2013報告(4) Vai-Vai カーニバル練習

 サVaivai1ンパウロのカーニバルで優勝14回を誇る強豪サンバチーム(Escola de samba)、Vai-Vai。毎週日曜夜にVaivai2開かれる全体練習をのぞきました。

 場所はサンパウロのど真ん中、Vela Vista。普段の練習はバテリア(演奏隊)だけで専用練習場内で行われますが、この日は周辺の道路を閉鎖し、ボーカル用のステージを設けての屋外練習でした。
 おかげで、パレードを模した練習を見ることができました。パシスタ(女性ダンサー)や、旗を持ってくるくる回るPorta-Bandeira(ポルタ・バンデイラ)と男性Mestre-Sala(メストリ・サラ)の共演。間近で見ると風格があります。メンバーは本番の振り付けを意識して、路上をぐるぐる練り歩いていました。

 バテリア(打楽器隊)は100人を超える規模で迫力満点の高速演奏。日曜夜の住宅街近くで爆音を響き渡らせてました。
 
 演奏していた曲は、9月にチーム内コンテストで決まったばかりの、2014年用テーマ曲。サンパウロ近郊の都市Paulínia(パウリーニア)の市制50周年を記念し、人種の壁を超えて産業や文化を発展させてきたまちをたたえる内容です。来年3月の本番のパレードは、どんな構成になるか楽しみです。

 練習は本番(65分)並みに1時間以上ぶっ続けの演奏・ダンスを、休憩をはさんで2回。気温10度台で肌寒い中、夜7時半から10時すぎまで続き、熱気を放っていました。

 練習終了後、バテリアの一部が指導者に呼び出されて居残り練習する場面に遭遇。ギャラリーにも緊張感が走る中、厳しい指導が続きました。カーニバルは真剣勝負です。

 今回の入場料は10レアル(約440円)。各チームの公開練習は、安く気軽に見られるのでおすすめです。本番が近づくほど練習内容が本格的になります。ただ、治安が良くない地域の場合が多いので気を付けましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月14日 (月)

ブラジルの旅2013報告(3) リオデジャネイロ滞在12時間

 サンパウロやリオデジャネイロに多いサンバライブハウス。多くの店では、夜12時ごろからライブが始まり、午前3時か4時ごろまで続きます。
 今回の旅はサンパウロが拠点で、サンバ的スケジュールがみっちり。でもせっかくなので本場リオのライブにも行きたい。そこで組んだ攻撃的スケジュールが「リオ滞在12時間」。

 サンパウロで金曜夜、未明までサンバライブ。あまり寝ないまま土曜午前、市内でショーロライブ。そのまま午後1時、バスでサンパウロを出発しました。 片道6時間かけ、午後7時にリオ到着。もう日は沈んでいます。
Rio1 目指したのはカリオカ水道橋近くのLAPA(ラパ)地区。まちを上げて往年の繁華街の再興に取り組んで10年余り。ライトアップされた水道橋周辺に並ぶライブハウスやバー、通りにあふれかえる客。あちこちからサンバなどの生演奏が聞こえてくる。Rio2_2いまやリオのにぎわいを代表する地区のひとつになりました。

 まずParada da Lapa(パラーダ・ダ・ラパ) という店へ。演奏者がテーブルを囲んで演奏し、その周りで客が盛り上がる伝統的な「Roda de samba」(ホーダ・ジ・サンバ=サンバの輪)スタイルのライブです。とにかく人が多い。
 Rio3そして2軒目。ここが今回の目的地です。ラパを代表するサンバライブハウス、Carioca da Gema(カリオカ・ダ・ジェーマ)。ライブは、前座のNelson Felix(ネウソン・フェリックス)が夜9時半から11時。いきなり質の高い演奏に圧倒されました
 この日のメインはラパのサンバ界の代表格ともいえる実力派女性ボーカル、Ana Costa(アナ・コスタ)。Rio411時半スタートです。
 ステージは3回、午前4時まで。一番客が多かったのは午前2時ごろ。しっとりした曲からカーニバル調の曲、インストまで堪能しました。
 驚いたのはバックの演奏者のクオリティーの高さです。歌の直前のきっかけや合間に挟むソロ演奏が心地よい。後から分かったのですが、カバキーニョのAlceu Maia(アウセウ・マイア)、フルート・サックスのDirceu Leite(ジルセウ・レイチ)らはサンバ・ショーロ界の重鎮です。チャージ26レアル(1100円くらい)の場で、これほどの人たちの演奏が聞けるとは。
 この店は音響もよかった。フロアを埋め尽くした客がリズムに合わせてうねり、演奏者と一体に。かけがえのない場を体験できました。

 終了後、アナ・コスタやアウセウ・マイアと遊んでしまったのは「報告(1)」の通りです。ブラジルはミュージシャンとの距離の近さも魅力。すぐ交流が広がります。アウセウ・マイアはエリゼッチ・カルドーゾなど往年のサンビスタのバックバンドで3回来日したそう。アナ・コスタは日本に行くのが夢と話してくれました。

 その後、別のバーに移って朝ごはん。夜が明ける朝6時ごろまで過ごしました。酔っぱらった若者の集団が水道橋周辺をうろうろ。店からまだ大音量の音楽が漏れ聞こえてくる。
 ラパは本当に魅力的な街でした。行けてよかった。
  ただ、訪れた2店とも座る場所が少なく、グラスを手にした人たちがフロアに密集している状態が長時間。慣れない人にはしんどそうですね。ブラジル中級者以上向けか。

 午前7時半、バスでサンパウロに出発。滞在わずか12時間余り。世界的な観光都市の有名スポットをほとんど見ないままリオを後にしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)